Accademia Vivarium Novum受講記

学校と講座について

6月27日から7月24日までの4週間,Accademia Vivarium Novumのラテン語初級講座に出席してきました.

このAccademia Vivarium Novumは,ローマのフラスカーティ(古代にはキケローが別荘を持ったトゥスクルムにおよそ相当する)にあるヴィッラ・ファルコニエーリに本部を置く学校で,古典ギリシア語・古典ラテン語を直接法(direct method)で教えています(沿革はこちら).

この学校は出版部も持っており,授業で使う教科書などを出しています.ラテン語用には,言わずと知れたHans ØrbergのLingua Latina per se illustrataシリーズとその補助教材(丈夫な装丁と綴じ方でカラー印刷になっています)があり,ギリシア語用には,もともとオックスフォード大学出版局から出ているAthenazeをイタリア語に翻訳したものを出しています.これらの出版物は,夙に取り寄せて色々と見比べながらいたく感心していました.たとえば,ギリシア語の方の原本Athenazeはそれ自体とても楽しい内容の良くできた教科書ですが,イタリア語版では,直説法教育で利用できるよう挿絵や語彙の説明を加えるなど様々な変更が加えられています.また,英語版の第3版でも直っていないアクセントのミスが修正されているなど,並々ならぬ熱意が注がれていることがわかる教材でした.

人の移動が著しく制限される昨今の情勢に応じて,この学校も遠隔授業の提供を始めており,今回はその中でもラテン語の一番初歩のクラスに出席してきました.クラスの説明文にもあるとおり,ラテン語を学ぼうという人の参加はもちろんのこと,ラテン語を教える立場の人が実際に授業に参加することを通して教授法を学ぶことも想定されています.ラテン語の直説法教育について,それがどのように,またどのくらいまで可能なのか,かねてより興味を持っていたことに加え,私自身が図らずも人にものを教えることを強いられる立場に就いたこともあり,外国語教育の方法論について考え直す必要を感じていたことも,受講を決断するに至った理由です(加えて言えば,4月以降,雑務に追われて何一つ楽しみになることが行えない状況が続いていたため,何かよい気分転換が欲しいという事情もありました).

授業概要

申込はホームページからフォームを埋めて送信すればOK(codice fiscaleはマイナンバーでいいらしい,たぶん……).支払はPayPalで行える.本当は初回授業日1週間前に支払いを終えていなければいけなかったのですが,直前でも対応してもらえました.

授業の構成は,1回あたり,講義2時間と少人数でのtutoring session1時間.それが週6回(月曜から土曜)で4週間なので,全24回(72時間)となっています.複数のクラスがあるものの,開講が現地時間の午後になると,日本では深夜になってしまうので,選択肢は殆どなし.結局,tutoring sessionが17:00-18:00で講義が18:30-20:30のクラスになりました.これでもまだ本務校が春学期中なので,自分の授業が終わった30分後に急いでZoomを開くという慌ただしい日々でした.

初回から最終回までの記録

毎回の授業後に簡単な覚書を残してMastodonに投稿していたのでそれをそのままコピペ.記録をサボった回もあります.

第1週

第1回

Zoomでの遠隔授業初回.受講生は30人くらい.ヨーロッパ以外からの参加者も多く,年齢層も子供から大人まで様々.教師陣もフランスやイタリアだけでなくネパール出身の人もいた.一番初歩のクラスで完全にはじめて学ぶ人も多いので,初回は結構英語も入る(これはある程度は仕方がない).とはいえ初回に既に第1章(capitulum I)を終えてしまうので内容はしっかりしている(最後に”歌”の時間がある).

第2回

直説法能動態現在に加えて命令法現在をやってしまうのは早いのではないかと思ったが,「見てくださいvidete!」「聞いてくださいaudite!」などは教室内でバシバシ使うので早めにやっておくに越したことはないのと,2人称単数は現在語幹が直接出てくるので不定法を学ぶのがスムーズであるという利点がある.

tutoring sessionがここから始まるが,まだ話せることが少ない序盤はなかなかできることがなく運営が難しそう.

第3回

学習教材としてMoodleに穴埋め式の変化形練習問題が用意されているので,そうしたものを一緒に解きながら格変化を学習する(すでに第1変化第2変化の主格・属格・対格の学習が終了).

教材に用いられている語彙はなるべく絵や実物の提示によって意味が伝わるものに絞られていることを再認識した.

このあたりから英語の利用はグッと減り,受講生もわからない点をラテン語で尋ねられるようになる.

第4回

前の回ですでに関係代名詞を学んでいるので,短い文章を複数組み合わせて長い文を作る練習をさせる.

Lingua Latina per se illustrataは早めの段階で関係代名詞を導入するので,受講者の母語によっては困難があるのではというのがずっと疑問だったが,おおむね滞りなく進むので,ちゃんと学習できるものであることがわかった.

長い文章を自分たちで作れるようになったことを確認するのはモチベーション維持にもつながるのだろう.

第5回

3人称人称代名詞の属格と再帰の所有形容詞の使い分けというなかなかめんどくさいポイントを教えるが,関係代名詞のときと同様適切な例文を並べながら示すと案外問題なく伝えられるということがわかった.

前回から引き続きで未完了過去の変化を学ぶ.

第6回

教科書は第6章が終わり,直説法受動態現在と前置詞各種,場所の表現(locativeや前置詞なしの奪格・対格)を学習.

遠隔授業のときはこまめに受講生の名前を呼んで答えを求めるようにしてやるとよいらしいことが分かった.逆にそれをやらないで全体に答えを求めると,自分が答えたものか分からず余計なストレスを与えかねないらしい.

第2週

この週全体として気づいたことなど

受動態は普通の文法の授業だと後回しになりがちで,これは受動態がある種「言語のぜいたく品」,つまり能動態が言えれば全く同じ内容が表現できて事足りるので優先順位が低いためだが,直接法教育の場合には「同じ内容を違った仕方で言い換える」ことが特に重要な練習であるため早めに導入する意味があるということが分かった.

また,関係代名詞の学習はやはりアジア系の受講生がつまづきやすいように見えた(関係代名詞の性数は先行詞に合わせる一方で格は関係文の中から要求されるものに変わるという点,特に属格の関係代名詞を埋める練習問題に困難があるらしい).この点をラテン語で説明するのはだいぶ難しいが,仮にそれをやったとして正しく伝わるかも一つの問題なので,別言語での説明も已む無しという感じがある.

後は教師の側の機転というのが重要であることを認識した.具体的には,まだ学んでいない内容をすでに学んだ内容で言い換える技術である.ただこの場合も,(1) たとえばラテン語としては完了を使うべき場所でも,未だそれを学んでいないので未完了過去を用いて受講生に分かりやすくする,というようなこともあれば,(2) 文の内容が平易で前後の文脈から容易に理解できる場合には,敢えて未習の語彙や形態をまじえて話すのも刺激を与えるという意味で有効,ということもあるので適宜判断しなくてはならない.

第7回

受動態と与格を学習.このクラスでは与格が最後に学ぶ格になった.

第8回

すでにそれなりの表現手段を手に入れたことになるので,教科書の内容に沿いながら受講生全員でかなり長い文章を作る練習をするなど.

第9回

指示代名詞の学習+若干の数詞と買い物のための表現(価値の奪格・属格).

第10回

ついに第3変化名詞が導入される.テキストの関係上,動物の名前が多いが,これ以前には指小辞形(diminutive)で第1第2変化として習わせていたものを第3変化で置き換えていくのは面白いやり方だと思った(vulpecula→vulpesのように).

第11回

第3変化名詞の続き(pl.gen.が-umか-iumかの識別が障害になりやすいところだが,普通の文法で教えるときと同じように等数音節語・異数音節語という区別にしたがい教えている(無論ラテン語で!)).

第12回

対格不定法構文の学習.

第3週

第13回

対格不定法の復習+ローマ人の名前の仕組み+広がりの対格.練習としてオオカミ少年や赤ずきんのお話をラテン語で少しずつ作っていく.短文を作って,それを関係代名詞や接続詞を使って長いひとつの文に組み立てていく作業をみんなで一緒にやるのはモチベーションの向上によさそう(Cicero, si nostras fabulas audit, sine dubio gaudet!).

第14回

比較級の学習.引き続き対格不定法構文になじむため短い間接話法への書き換えを練習.所有の与格で名前を表現するときMihi nomen est Marcusのように言う際にはときたまMarcoのように人称代名詞に引かれて与格になることがあるのだが,ちゃんとその話までしていたので感心した.

第15回

第4変化名詞の学習.広がりの対格の用法はなかなか受講生にとって難しいらしい.Familia Romanaがローマの暦というなかなかに難儀な部分に入る.ここまでに買物の表現をはじめ一度ならず数詞は学んできたが,数詞そのものを中心的なトピックとしたことはなかったので,そうした学習に1回くらいを費やしておいてもいいのかもしれない.

第16回

仕方の奪格・利害の与格の学習.ここでついに分詞を学ぶ.第5変化名詞の学習と曲用の全体像の確認.

第17回

この回は少し遅れていた教科書を読み進めることに費やし,終わりがけに第1第2活用の未来形を学ぶ.

第18回

第3第4活用の未来+能動態欠如動詞(verba deponentia)+絶対的奪格(ablativus absolutus).3週目の終わりにかかるとさすがに受講生に疲れが見え始めた気がする.この回は少し出席者が少なかった.

第4週

第19回

18回にかなり多く新しいことを学んだので,この回はverba deponentiaとablativus absolutusの復習に充てる.分詞を伴わないabl.abs.の説明も非常にスムーズに行われている.

第20回

この回のtutoring sessionでは絵入りのスライドを用いてオルペウスとエウリュディケーの物語を作文させる.これは見ようによっては,初歩的な形であるとはいえ,古代の修辞教育における叙述(διήγησις, narratio)の練習をしているようなものとも言え,楽しいだけでなく伝統との連続性を感じさせる良い課題と思われた.また講義でも講義ではボッティチェッリ『ヴィーナスの誕生』を用いて画面の人物たちが何をしているかをverba deponentiaを用いて説明させる練習が行われた.その他はquisqueの用法や副詞の作り方など.

第21回

この回はメモを取り忘れ.引き続き練習としてデウカリオーンとピュッラの話の一部を受講生全員で作文していく.

第22回

tutoring sessionで普段の講師が欠席であったため,別の先生が担当.ネパール出身の人だったので教室が全員アジア系ですねなどと話していた.時制としては既に未完了過去と未来とを学び終えているので,現在時制で書かれた文の動詞をその場で指定の時制に変更させる練習(過去と未来を見る双面神ヤヌスに因んでIanusと題された練習)を幾つか.

第23回

教科書20章に入る.歌はCarmina Buranaからtempus est iucundumともう1曲.

第24回

20章の残りをやった後,オウィディウス『変身物語』15.165-185の講読(!)を行う.一部の未習事項と語彙の説明をラテン語で行った後に伴奏の付いた歌を聴く.最後に整理していてわかったけれども,完了系と接続法以外の文法事項はこの時点ですでにほぼ終えてしまったことになる.

全体を振り返って

最終的には教科書(Familia Romana)の20章まで終えました.分量としてはまだ半分弱残っていますが,内容としては,すでにラテン語初級文法のかなりの部分を学んだことになっており,第24回目のところにも書いたとおり,残っている主要な文法事項は完了系と接続法ということになります.

全体としてとくに印象的だったことや,改善点として考えうるところなどを記すと以下のようなところ.

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