ラテン語の複合語における接続母音について

学会宛の質問への回答の微修正版(元記事のCILへの参照が誤解のある記述になっているので訂正).HP更新担当者に追記依頼をしたのですが,2020年1月26日現在スルーされたままなので(修正されました),こちらに回答部分を転載します.

ご質問ありがとうございました.

お尋ねの内容は,ラテン語の複合語に関して,実詞(名詞・形容詞)から成る前分(複合語の初めにある語)と後分(後にある語)の間に入る接合辞についてのものでしたので,複合語の実例を挙げる目的からも,はじめに問題のケースでの基本的規則を確認しておきます.

まず,前分が-a, -o, -u語幹の場合については,それらの母音がiに弱化するか(signi-fer「旗・印を携えた」),消失するか(man-ceps「請負人」)であり,i語幹については,保持されるか(igni-vomus「火を吐く」),脱落するか(nau-fragus「難破した」)となります.また,後分が母音で始まる場合,前分は接合辞を置かずに接続されます(magn-animus「度量のある,気宇壮大な」).

他方,子音幹の場合については,語幹の子音を脱落させるか,iを付加します(homi-cida「人殺し」(homin-),matr-i-cida「母殺し」).

以上に加えて,稀に-i-以外の母音が接合辞として用いられる場合があり,-e-(lege-rupa「法を破る者」や-u-(auru-fex「金細工師」)の他,問題の-o-が現れる例も見られます.cisto-phorus「祭具箱を携える者」(κιστοφόρος)のようにそもそもギリシア語に由来するもの(ギリシア語では複合語の接合辞として一般に-ο-が用いられます)は除くとして,その他には,

このようなわけですから,実詞を前分とするラテン語の複合語については,上記のような若干の例外を除いて,-i-が接合辞として用いられる,と言うことができるでしょう.造語する際の原則として簡単にまとめなおすならば,ギリシア語系のものは-o-を,ラテン語のものは-i-を用いて接続する,ということになり,これはたとえば『植物学ラテン語辞典』の造語法の項(p. 371)にもあるとおりとなります.

さて,複合語の-o-が奪格に由来しうるのかどうかというお尋ねの二点目に関してですが,そもそも奪格形であれば-ō-と長くなるはずですし,上に挙げた-o-を持つ複合語の意味を見る限りでも,そこから奪格の意味を読み取るのは難しいように思われます.

もっとも,格変化した形がそのまま接続されて作られる複合語も少数見られ,元々独立した名詞の属格であったものが一語に綴られたaquae-ductus「水道」のような例があり,dulci-ore-locus「甘美な言葉で語る」などは,dulci oreの奪格から形成されている例と見なすことも可能でしょう(Leumann (1977) 385).ただこれらはむしろかなり例外的な事象であるため,質問者の方が例に挙げられたdorsoventralisのようなものについては――たしかに「背から腹へ向かう」と捉えればdorso-の部分が奪格的と言えなくもないかもしれませんが――やはりギリシア語の複合語形成法の影響で-o-が用いられたと考える方が妥当であると思われます.

ところで,『国際藻類・菌類・植物命名規約』(60G.1.(b))が色彩語由来の複合語(もっとも擬似複合語ないし準複合語(pseudocompound)ですが)を奪格から説明している例を見ますと,albo-marginatus「白く縁どられた」やatro-purpureus「黒みがかった紫の」(“ex atro purpureus” (purple tinged with black))とあります.ラテン語の色彩語についてはAndréによる研究書がありますので試みにその索引から-o-を持つ類似の語構成を探すと,albo-galerus「神官(flamen Dialis)の被る白い帽子」とalbo-gilvus「白みがかった褐色の」のふたつが見つかります.前者はパウルス・ディアーコヌスによって簡約化されたフェストゥスの辞書に見えるもので,albo-の成り立ちについてもalbo galeroという「性質の奪格」の誤解に基づく可能性が考えられますが(Leumann (1977) 390),後者はセルウィウスがウェルギリウス『農耕詩』3巻82-83行への註釈の中で,褐色と白の混じった馬の毛色を説明するのに用いている語であるため,上記のパターンにかなり近いものです.もっとも,この他に混色ないし中間色を表す同種の複合語が見出せないため,この場合の-o-が何に由来するのか明確に定めるのは難しいように思われ,更にセルウィウスが紀元後4世紀の著作家であることも考慮すると,少なくとも古典ラテン語の範囲内では,-o-を奪格と見なして複合語を形成することはなかったか,あったとしても極めて稀であったと考えられます.

参考文献


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