Petrarca, F., Canzoniere
214
我が魂がこの
場所に創り出されたのは三日前,
それは高貴にして
稀なことに志を向けるため,
また数多の人の
尊ぶことを蔑するためのこと.
されどこの魂はなお運命の定めた
道が覚束ず,
ひとり物思いに沈み,幼く
自由気ままに
5
青春の美しき
森へと入り込んだのだ.
その前日に
森のなかで一輪の
若々しい花が,近づけばいかなる魂も
捕らわれずにはいられない根が生まれ出でていた.
其処に具わる誘惑は
類稀な様子で,
10
その魅力はまっしぐらに人を
駆け寄らせ,
自由を失うことが
尊いことと映るほど.
いとおしく甘美で,高く険しいその
尊き花よ,
貴女は忽ちに私を
森へと私を向かわせた
――
人生の
途半ば常々人が迷い込む所へと.
15
そして私はこの世の
方々を探し回った,
呪いや秘石,
不思議な薬草の汁が
我が心をいつの日か
自由にしてはくれぬかと思いつつ.
だが,哀れ,今は判っている,我が肉体がその無上の
誉れとの
縁とするあの縛めから
解放されるのは,
20
あの茨生い茂る
森――急ぎ
駆け込んで
足を引きずり出てくる
有様となった場所
――で
私が身に受けた傷を古
今の薬が
癒してくれるよりも前であることを.
危険と苦難に満ちた厳しい
道を
25
私は遂げねばならぬ.そこで必要なのは
軽やかで
自由な,全ての
点で健やかな足取りなのだが.
しかし,慈愛という
美点を具えた主よ,
この
森の中の私に右手を差しのべてください.
貴女の太陽が私の
奇しき闇を打ち破ってくださいますように.
30
私の有様を見てください.我が人生の
道程に
不意に入り込み,鬱蒼とした
森の住人へと
私を変えた,
比類なき美を前にした私の有様を.
できることなら彷徨える我が伴侶を,
縛られぬ
自由の身にしてください.そしてもしも最善の
所にて
35
貴方と共に彼女に会えるならば,
栄光は貴方のものとなりましょう.
だが,
其処此処に我が
新しき疑問が沸き起こる.
私のうちに何か
価値が生きているのか,それとも尽く
潰えたか,
魂は
自由なのか,それとも
森に捕らわれているのかと.
COM. ――セスティーナという詩形に則り, 6つのpalora rimaを規則的に並べ替えた6つのスタンツァとcongedoから成る.脚韻語(parte, nove, pregio, corso, sciolta, bosco)に相当する語句(訳文の都合上同じ語を二回出した場合はその両方)を太字にしてある.
1. この場所に:この肉体のうちに.
2. 高貴にして稀な:自然を超越した高尚な事柄.
5. ひとり物思いに沈み:理性の助けをまだ得られずにいるので《ひとり》と.
8. 若々しい花:ラウラ.
10. 其処:花のうち,つまりラウラの美貌のうち.
19. 無上の誉れ:肉体にとっての魂.19-20行が謂わんとするところは,肉体と魂との繋がりが切れてしまう=死.
20. 肉体が解放される:死ぬこと.生きている限りは自由になれない.
34. 伴侶:肉体にとっての伴侶,つまり魂.
35. 最善の所:天国.
2017/09/02
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