Petrarca, F., Canzoniere

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重苦しい大気,そして猛り狂う
包まれ押し集められた鬱陶しいは,
ほどなくへと変わるに相違ない.
今やすでにはさながら水晶の如く,
谷間に見えるのは若草ではなく
5

ただ霜とばかり.

そして私は,よりもはるかに冷たく凍える
胸の内に,重い想念のを持つ.
それはちょうど,恋のに対して閉ざされて
淀んだ流れに囲まれたこのから,
10

天より降るの次第に穏やかとなるときに
しばしば立ち込めてくるのよう.

どんな激しいもわずかの間に過ぎ
陽のあたたかさは雪もも消し去って,
その水では誇らしげに嵩を増す.
15

また荒れ狂うに襲われてもなお
丘やから逃げてゆかぬほどに
濃いが天を覆い隠したためしもない.

だが,悲しいかな,私には谷間の花咲く春も甲斐なく,
晴れのときものときも,凍えるにも
20

心地よいにも涙するばかり.
というのは,いつか我が婦人が内にを持たず
外にもいつものを纏わぬ日が来るならば,
それは私が,大海や湖,の涸くのを見るときだろうから.

が海へと流れ込み
25

獣が陰なすを好むかぎり,
彼女の美しい眼には,わが眼から
涙のを生ぜしめるがあり,
またその美しい胸には,わが胸から
嘆きのを起こす堅いがあることだろう.
30


けれども私はどんなにも堪えねばならない,
ふたつのの間,美しき緑と甘美な
私を閉じ込めた唯ひとつのへの愛ゆえに.
そして私は数多の谷間を行きつつも
思い描くのは己が宿った月桂樹の陰――そこでは暑さも,
35

も,破る雷鳴も,私は恐れることがなかったから.

だが,にあおられたも,に溢れるも,
陽光が谷間を開くときのさえも,
あの日ほどに早々と逃げ去ったことはなかった.


COM. ―― セスティーナという詩形に則り, 6つのpalora rimaを規則的に並べ替えた6つのスタンツァとcongedoから成る.脚韻語(nebbia, venti, fiumi, pioggia, ghiaccio, valli)に相当する語句(訳文の都合上同じ語を二回出した場合はその両方)を太字にしてある. 4. 水晶の如く:凍っている意. 6. 霜:pruina. イタリア語としてはbrinaの方が普通. 22-4. というのは……だろうから:adynaton. 貴婦人の心の氷が溶けることのありえなさを,川や海の干上がるありえなさを持ち出して強調する. 30. 嘆きの風:dolorosi venti. ため息. 32. ふたつの河:ローヌ川とデュランス河. 33. ただひとつの風:ラウラ.Laura : l’auraの音の同一性による. 35. 月桂樹:これもまたラウラ(Laura)と月桂樹(lauro)の音を用いた表現. 38. 陽光が谷間を開く:'l sole apre le valli. aprire《開く》とaprile《4月》とを結びつける民間語源はラテン作家以来のもの.Cf. Verg. Georg. 1. 217f.; Isid. Etym. 5. 33. 7. またこの箇所は韻律的には'l sóle-apré le válliと単語本来のアクセントと微妙にずれが生ずるが,むしろそれによりapré leがaprileを示唆する効果をもつと考えることができる. 39. あの日:ラウラが詩人を「ふたつの河」に閉じ込めた日.


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