Petrarca, F., Canzoniere

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高貴な魂よ――うちには力強く賢明なる主が,
現世への旅の身として宿り
その四肢を支配する魂よ,
ローマとその迷える民を正す
栄誉ある権力の座に貴方が就かれ,
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都をいにしえの道へと呼び戻されれば,
私は貴方に語りかけよう,世に美徳の光は
潰えてしまい他所には見出せず,
悪を為すことを恥じる者も見られぬがゆえに.
イタリアよ,お前が何を望み,何に焦がれるか私にはわからない.
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己の苦境を感じぬ様子のイタリアよ.
老いて鈍く,無為なるお前は
いつまでも眠り続け,目覚めさせる者は現れぬのか.
我が手にお前の髪を巻きつけ掴むことができたなら!

私は期待しはしない,いかに呼びかけられたところで
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お前が鈍き眠りから頭を擡げ起こすことがあろうとは.
これほどまでにお前は重荷にずっしりと圧倒されている.
だがそんなイタリアを強く打ち震えさせ
立ち上がらせることのできる貴方の腕に
今我らの首都ローマが委ねられるのは運命に他ならない.
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さあ躊躇うことなくその敬うべき髪を
手に掴みたまえ,その乱れ散った髪を――
そして怠惰な彼女が泥濘のうちから出られるように.
昼も夜もお前の窮状を嘆く私の
希望の大部分はお前の内にあるのだ.
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マルスの裔なる民が
己の栄光へと目を上げることがあれば
貴方の日々にこそ天の恩寵は訪れることであろう.

今もなお往時を思い起こし
来し方を顧みれば世の人々が
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畏れ,敬愛し,震撼する古の城壁,
また宇宙の解体されるそのときまで
名声の途絶えるはずもない人々の
身体が封印された墓碑,
ただひとつの破滅が呑み込んだ全てのもの,
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これらは貴方によって傷が癒されることを望んでいる.
おお,偉大なる両スキーピオー,忠義深きブルートゥスよ,
この善き仕事の噂が冥府へまでも
届いたならばなんと喜ばしいことか.
思うに,その報せを聞けば
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ファブリキウスはなんと嬉しがることだろうか,
「我がローマはなおも美しくなるであろう」と言って.

もしもこの世の事柄が天において気遣われるのなら,
あの上方に住まい肉体を地上に棄て去りし
魂たちよ,長きにわたる内乱が
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終わることを人々は願っているのだ.
その争いのために人々は安寧をえられず,
彼らの館への道は阻まれている.
かつてはあれほど人々の祈りを集めた館も今は戦の中,
さながら盗人の隠れ家のごとく成り果て,
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善き人々にはその扉は閉ざされ,
祭壇と身包みはがれた像の間では
ありとあらゆるおぞましい企てが交わされている様子.
ああ,なんと変わり果てた有様か.
そして神への感謝のために高々と掲げられたはずの
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鐘の音と共に争いが始まるのだ.

涙に濡れた女たち,年若く無防備な
幼子ら,衰え力なく,自らの余りある
生命を疎ましく思う老人たち,
黒色,褐色,白色の衣を着た修道士たち,
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そのほか虐げられた弱き者たちが
叫んでいる,「おお我が主よ,助けたまえ,助けたまえ」と.
そして哀れな人々は途方に暮れて
己が傷口を幾度も幾度も貴方に示す――
他ならぬハンニバルさえも憐れみを覚える傷口だ.
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もし,今日その全体が燃え上がっている
神の館へ貴方が目を向けるならば,ほんの僅かの
火の粉を消すだけで,かくも燃え立つ
野望は鎮まることであろう.
そうして貴方の偉業は天に讃えられるであろう.
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熊,狼,獅子,鷲,蛇,
これらが巨きな大理石のコロンナに対して
たびたび害をなし,また互いに傷つけ合っている.
あれらの者のせいで高貴な婦人は涙を流す――
この花咲くことなき邪悪な樹々を
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根こそぎにしてくれるよう貴方に呼びかける婦人だ.
今やもう千年以上の月日が過ぎ去った,
嘗ての婦人をその場所へ据え置いた
高貴な魂たちが彼女のもとから失われて以来.
度を越えて驕れる新来の民,
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これほどの,また斯様な母を敬わぬ民の嘆かわしいこと.
貴方こそは夫にして父なのだ.
貴方の救いの手ならば何であれ望ましい,
大いなる父は他の仕事にかまけているのだから.

勇気溢れる行いを肯んじない
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意地悪き運命フォルトゥナが,高邁な企てに
抗わないというのは稀なこと.
だが今は貴方の入ってきた道の障害を取り払い,
その他多くの非道い仕打ちを私に許させたまえ.
今度ばかりは運命も自らの習いに背いているのだ.
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実際,世の人々の思い起こす限りにおいて,
名声によりその身を不滅のものとするための道は,
貴方を除いては死すべき人に開かれたことはない,
何より高貴な帝国を――私の思い誤りでなければ――
正しく立て直すことのできる貴方を除いては.
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貴方の栄光はどれほどのものだろうか,
他の英傑たちが救ったローマは若く力に溢れていたが,
この人物は老境に至ったところを死から救い出したのだ.

カンツォーネよ,お前はタルペイアの崖の上に
イタリア全土が敬う騎士の,我がことよりも
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他を憂い気遣う姿を目にするだろう.
彼に告げよ,「未だ貴方を間近にこそ見ないものの,
噂から人を好きになるように貴方を愛する者は,
ローマがいつも苦しみに
眼を濡らし,七つの丘の全てから
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貴方の救済を求めていると言うのだ」と.

COM. ―― 1. 高貴な魂よ……:このカンツォーネが誰に宛てられているのか様々な議論があり意見の一致を見ない.ながらくコーラ・ディ・リエンツォ(Cola di Rienzo)が有力な候補と考えられてきたが,コロンナ家と敵対する彼を親コロンナ的な(71-76)役割を持つ形で描くことは不自然と言える. またコンジェード(99-106)では呼びかけられた騎士が未だよく知られていない旨が明らかにされており,コーラにせよコロンナ家の誰かにせよペトラルカがよく知遇を得ていた筈の人物を候補と考えることに不都合がある. 一番可能性の高い者としては,ラッファエッリ家の一員と考えられているBosone da Gubbioが推定されている(ギベッリーニ党の政治家でAventuroso Cicilianoの著者とは同名の別人). 20. 我らの首都ローマ:il nostro capo Roma. 単に首都という意味にとどまらず,リーウィウスのRoma caput orbis terrarum (Liv. I xvi 6)という表現が念頭にあるか. 26. マルスの裔なる民:ローマ人のこと.ロームルスとレムスの父がマールス. 37. 両スキーピオー:ザマの戦いでハンニバルを破ったスキーピオー・アーフリカーヌス(大スキーピオー)と第3次ポエニ戦争でカルターゴーを滅ぼしたスキーピオー・アエミリアーヌス(小スキーピオー). ブルートゥス:共和政を樹立しローマ最初の執政官となったルーキウス・ユーニウス・ブルートゥス. 41. ファブリキウス:ガーイウス・ファブリキウス・ルスキヌス.ローマの将軍で前282, 278年の二度にわたり執政官を務めた.エーペイロス王ピュッロスとの戦いでは捕虜交換の交渉に当たり,誘いや脅しに屈しないその毅然とした態度が却って王を感じ入らせ捕虜を無償で返還させた.質実剛健な人格はローマ的美徳の代表格と見なされた. 48. 彼らの館教会のこと. 58f. 自らの……老人たち:Cf. ‘At miseros angit sua cura parentes | oderuntque grauis uiuacia fata senectae | seruatosque iterum bellis ciuilibus annos’ (Luc. II 64-66). 60. 黒色,褐色,白色の衣を着た修道士たち:黒はベネディクト会,白はドメニコ会およびアゴスティノ会,褐色がフランチェスコ会. 67. 神の館:ローマのこと. 71. 熊,狼,獅子,鷲,蛇:コロンナ家に敵対する勢力を指している.熊がオルシーニ家,狼がトゥスコロ伯家,獅子がサヴェッリ家あるいはアンニバルディ家,鷲はトゥスコロ伯分家,蛇はカエターニ家あるいはアングィッラーラ家を暗示する. 72. 柱:columna. コロンナ家のこと. 74. 高貴な婦人:ローマのこと. 77. 千年以上の月日が過ぎ去った:通例330年のビザンティウムへの遷都のことと考えられているが,底本のSantagataは36-40行で言及されたローマ人が共和政期の者たちであることに着目し,共和制ローマの終焉を指しているのではないかと考えている. 81. 母:ローマのこと. 82. 貴方こそは夫にして父なのだ:カトーについてのルーカーヌスの一節.‘urbi pater est urbique maritus’ (Luc. II 388). 84. 大いなる父:教皇. 94. 何より高貴な帝国:ローマ. 99. タルペイアの崖:ローマの七丘のひとつカピトーリウム丘を指す.

2017/10/23


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