Petrarca, F., Canzoniere

50


天が速やかに西方へと沈んでいき,
我らの昼が,彼方で待ち侘びているであろう人々の許へ
飛び向かう時間,
遠く離れた土地にただひとり
疲れ果てた巡礼の老婆は
5

歩みを速め,ますます急いでいく.
そして独りきりの
一日の終わりに時として
短い休息に
身を安らげる,そのときには過ぎた道程の
10

苦しみや災いを忘れ去るのだ.
だが,哀れなるかな,この私に一日がもたらす苦しみは全て,
永遠の光が我らの許より
去り離れていく度に弥増すのだ.

太陽がその燃える車を転じさせ
15

夜に場所を譲り,高く聳える山々から
いよいよ大きな影が下りてくるとき,
熱心な農夫は自分の得物を取り集め
山の調べと詞とで胸のうちの
重荷をすべて晴らすのだ.
20

そして食卓に貧しい食糧――
誰しもが誉めそやしながらも
忌避するあの団栗にも似た――
食糧を載せる.
そうした望みを持てる者は時々に楽しむがよい,
25

だが私自身は――幸せなとは言わぬ――安らいだひと時さえも
手にした例がない,
天と惑星が巡ろうとも.

大いなる惑星の輝きが
その宿とする塒へ沈みゆき
30

東方の地が夕闇に包まれるのが見えるとき,
羊飼いは立ち上がり,なじみの杖を携えて,
草地や泉やブナの木を後にしつつ,
朗らかに己が羊の群れを連れ帰っていく.
そして人里から離れたところ,
35

小屋かあるいは洞穴に
緑の枝葉をしきつめる.
そこでは物思いもなく身を横たえて眠ることができるのだ.
だが,無慈悲な愛神アモルよ,お前はその時にこそ一層私を駆り立てる,
我が身を憔悴させる獣の声を,歩みを,
40

足跡を追うようにと.
そして逃れ隠れるその獣を拘束しはしないのだ.

船乗りたちはどこか閉ざされた入り江で
身を横たえる――それは太陽が隠れてからのこと――
固い船板の上,粗い衣の下に.
45

だが私は,太陽が波の中へと沈み行き
ヒスパニアやグラナダ,モロッコそして
「柱」を後に残し去るときも,
また男たち女たち
この世の生ける全てのものが
50

己が苦しみを癒すときも,
私のしつこい苦悶に終わりはないのだ.
私はつらい,日々身に受ける苦難の弥増すことが,
また絶えずこの恋の想いの募るまま
すでに十年目が迫り,
55

私を解放してくれるものに出会えないでいることが.

話せば少しは憂いも晴れるだろう――
夕方に眼に入るのは軛から解かれた雄牛らの,野辺や
耕した丘から戻ってくる姿.
だが私の嘆息はどうして然るべき時になっても
60

取り去られないのか.どうしてこの重い軛が除かれないのか.
どうして私の眼は昼も夜も濡れているのか.
哀れな私,何を望んだことか,
はじめて私があれほどにじっと
両眼を彼女の美しい姿に向け定め
65

想い巡らせつつその姿を胸中に刻みつけようとしたとき――
その胸中からはどんな力によっても術によっても
彼女の姿が消されることはないだろう,私が,全てを引き離す
彼の者の餌食となるまでは.
だが,その者さえも信じてよいか判らないのだ.
70


カンツォーネよ,朝から晩まで
私と共にあることが
お前を私の仲間にしたならば,
所構わず姿を現したくはないだろう.
そして他人の賞賛などまるで意に介さず,
75

ただあの山この山で,其処を私が支えとする
あの生きた石の炎が
いかに私を痛めつけたかに思い巡らすのでこと足りよう.

COM. ―― 1-3. 天が……時間:夕刻.日が沈んで安らぎ憩う人々と,恋の想いに苦しむ詩人とが対比されていく. 7. そして:et poi. 第1スタンザと第2スタンザはどちらもchiaveの行がこの同じ単語で始まっている. 13. 永遠の光:太陽. 16f. 高く聳える山々からいよいよ大きな影が:《高い山々から落ちかかる夕闇はいよいよ大きくなっている》(Verg. Ecl. 1. 83). 18. 熱心な:avaro.《ただ二度の夏と二度の冬を経た畑だけが渇望する農夫(avari agricolae)の願いに応えてくれる》(Verg. Georg. 1. 47f.). 24. 団栗:農耕以前の食物.Cf. Hor. Serm. 2. 7. 22-4. 29. 大いなる惑星:太陽. 34. 群れ:schiera. 普通《戦列,隊列》のような意味. 40. 獣:ラウラ. 43. どこか閉ざされた入り江:in qualche chiusa valle. おそらく暗にValchiusa(《閉ざされた谷》が原意)をも示唆しているのだろう. 45. 固い船板の上,粗い衣の下に:Cf. Verg. Aen. 5. 836f. 48.「柱」:ヘーラクレースの柱(lat. columnae Herculis).Cf. Dante, Inf. 26. 106-8. 57. 話せば少しは憂いも晴れるだろう:だから語るのを続けよう,という論理で次行以下につながる. 68f. 全てを引き離す彼の者:死. 73. 私の仲間:schiera. 34行への註参照. 77. 生きた石:ラウラのこと. ―― 底本の註釈者も言っているとおり,スタンザとスタンザの繋ぎに同じ(あるいは類似の)単語が用いられ,一種のcapfinidadを成している.すなわち《光》(13):《太陽》(15),《惑星》(28):《惑星》(29),《隠れる》(42):《隠れて》(44),《解放して》(56):《解かれた》(58).


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