Petrarca, F., Canzoniere

32


人間の悲惨な境遇を短くしてくれる
最後の日に近づけば近づくほどに
愈々わかってくるのだ,時が速く軽やかに過ぎ行くこと,
それに抱く望みがむなしく甲斐ないものであることが.
4


私は己が思いへ向けて語る,「今やもう
愛を語って行く道は長くあるまい,地上の
重荷は新雪のごとく解けていくのだ.
そこから我らは平安を得られよう.
8


というのもそれと共に,我らをかくも長く
彷徨わせた希望も,笑いも,
嘆きも,恐れも,怒りも潰えるであろうから.
11


そしてはっきり判るだろう,何としばしば人は
危うきことにより益を享け,また何としばしば
むなしくため息をつくかということが」
14


COM. ―― 3. 時が速く軽やかに過ぎ行くこと:‘flumina nulla quidem cursu leviore fluunt quam | tempus abit vite’ (Epyst. I 4. 91f.) 4. それに抱く望み:時に対して抱く望み,期待. 6f. 地上の重荷:肉体のこと. 8. そこから:すなわち,肉体の死によって. 10f. 希望も……恐れも:《希望》(speranza)はここでは《望み,憧れ,欲求》(desiderio)に近い.地上の肉体が妨げとなって「恐れ」「欲望」「苦しみ」「喜び」が生じるとはVerg. Aen. VI 730 - 734による. 怒りも:「怒り」もまた人間をかき乱す妨げ(perturbatio)であることは,たとえばCic. De off. I 20, 69を参照. 13. 危うきこと:le cose dubbiose. ラテン語のdubiae resのような表現(cf. Verg. Aen. VI 196)に近づけて考えると《苦境》という意味を見うるかもしれないが,ペトラルカは他でも同じ形容詞を用いて《死》をdubbioso passo(Rvf. 126, 22); dubbioso calle(128, 102); dubbio passo(TM I 105)と表現していることから,ここでも《死》が意味されていると考えるのが妥当だろう. 益を享け:s'avanza. 解釈が分かれる難所.Balduinoは先行する解釈を三通りに大別している(Balduino, A., Boccacio, Petrarca e altri poeti del Trecento, Firenze, 1984: 219f.).ひとつはピエトロ・ベンボ(Prose della volgar lingua)が,ペトラルカはavacciareの代わりにavanzareを用いたと言っていることから《急いでいく》と解するもの.いまひとつはそれと概ね同じだが単純に《進んでいく》という意味にとるもの.第三が,si augumenta, si migliora 《高まる,改善する》ととるもの(cf. Inf. IV 78; Purg. III 145).前二者の解釈では直前の《危うきこと》は《現世における危難》のような意味になり,13-14行は同趣旨のことを述べていることになる. 他方第三の解釈――Balduino自身もこちらが好ましいとする――では13行と14行とは「死こそがむしろ好ましく,生きて人はむなしい嘆息をつく」という対照をなし,このソネット全体の趣旨にも合致するように思われる.

2017/05/18


▲戻る