Pvblivs Ovidivs Naso, Tristia

I, 11


貴方がこの書全体で読んだ手紙はどれもみな
 不安な旅路の時の中で私が書いたもの.
凍てつく十二月に震えながら,海の只中で
 私がこれらを書くのをアドリア海は目にしたし,
ふたつの海にわたるイストモスを急いで通り過ぎ
5

 我が追放の次なる船に乗った後,
荒々しき海のざわめきの中で私が詩を作るのには
 エーゲ海のキュクラデスも驚いたものと思う.
私自身も驚いているのだ,心と海とのこれほどの
 波瀾にも我が詩才の潰えなかったことに.
10

この熱意に与えられる名が眩惑であれ狂気であれ,
 この苦労によって私の苦労は全て取り除かれた.
幾度も私は雨孕む仔山羊らにより危うく揺さぶられ,
 幾度もステロペーの星によって海は恐ろしいものとなり,
アザーンの熊の見張り手は日の光を翳らせて
15

 南風は秋の波でヒュアデスを飲み込んだ.
幾度も海の一部が船に入ったが,それでも震える手で
 私はどんなものであれとにかく詩を紡ぎ出した.
今もまた北風に引っ張られて索具は軋み,
 波はうねって山のように膨れ上がる.
20

舵取りまでもが掌を天へと掲げ,自らの
 技も忘れて助けを願い求めている.
何処を見ても,あるのは死の影ばかり――
 その死を私は不安な心で恐れ,また恐れつつも願っている.
港にたどり着いても,まさしくその港が私を慄かすだろう.
25

 牙をむく海以上の恐怖が陸にはあるのだ.
私を苦しめるのは人と海との謀略であり,
 剣と波とが二重の恐怖をなしているから.
私は怖い,前者が私の血から戦利品を得ようとするのが,
 後者が私の死という名声を得ようとするのが.
30

左手の岸辺は蛮族の地で,飽くことなく掠奪に耽り,
 血みどろの殺戮と戦争に明け暮れている.
海が冬の嵐に掻き立てられているときでも,
 彼らの心はその海よりも湧き立っているのだ.
それだけに,どうか心ある読者よ,これらの詩を許してほしい,
35

 たとえそれらがこのとおり貴方の期待に劣るものだとしても.
私がこれらを書くのはかつてのような庭ではなく,
 また,懐かしき長椅子よ,私の身体を支えるのもお前ではない.
私は冬の日が射す荒々しい海に揺られ,
 紙もまた青い波に打たれているのだ.
40

悪しき冬の嵐は戦いを仕掛け,厳しい脅しを
 打ちつけても私が書こうとすることに怒り狂う.
嵐が人に勝利するがよい.だが願わくは,私が詩を終えると同時に
 嵐の方も終わりをむかえますように.

COM. ―― 12. この苦労によって私の苦労は……:omnis ab hac cura cura leuata mea est. ここで《苦労》と訳した原語はいずれもcuraで,前者は「詩を書くという仕事・熱意」という意味,後者は「不安,気苦労」という意味になっている洒落.なおこの行の写本の読みはすべてcura mens releuataとなっており,唯一碑文(CIL VI 2, 9632; Arachne)によって復元される.もちろんこの読みが真であると言えるのは,碑文であるからではなくて,Luckの言うように,それがオウィディウスのKunstwollenに合致するから(Luck, 1. Bd., S. 13).Cf. Rem. 169f.; 484; Tr. IV, 3, 14. 13. 仔山羊ら:Haedi. 馭者座の一部をなす星々.悪天候をもたらすとされた. 14. ステロペーの星:ステロペーはプレイアデスの一人で,「ステロペーの星」はここでプレイアデスそのもののこと. 16. アザーンの熊:Azanidos Vrsae. 死後おおぐま座となったカッリストーのこと.写本の読みが割れており,底本のHallはAzanidosというAltonの修正を採用(ただしAltonが何処でこれを論じたか不詳).アルカディアーの一地方アザーニアーの名は,カッリストーの子アルカスとエラトーの間に生まれたアザーンにちなむ.一方LuckはAtlantidosを採っており,その場合はカッリストーの父ニュクテウスがアトラースの血を引くことによる. 32. 左手の岸辺:黒海の西海岸. 33. 嵐に:flatibus. Hallの修正で,写本はfluctibus《波に》. 41f. 厳しい脅しを打ちつけても:底本のmanusではなく写本のminasで読んだ.HallのapparatusによればmanusはB2写本の修正前とHeinsiusの読みらしく,《厳しい(攻撃の)手を打ちつけても》くらいだろうか.Heinsiusの案であることはMerkeliusの註にも書かれているが斥けられており,この修正の意図や必要性がよくわからない(Merkelius, R., P. Ovidii Nasonis Tristium libri quinque et Ibis, Berolini 1837 Google Books).

2017/03/18


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