M. Valerivs Martialis, Epigrammata

底本は基本的にはShackleton Bailey, D. R.(ed.), M. Valerii Martialis Epigrammata, Stuttgart, B. G. Teubner, 1990によるが,Heraeus, W.(recogn.), Borovskij, L.(ed. corr. cur.), M. Valerii Martialis Epigrammaton libri, Leipzig, B. G. Teubner, 1976も参照.Lindsay & Patricia Watson (eds.),Selected Epigrams, Cambridge: Cambridge University Press, 2003. Shackleton Bailey, D. R.(ed. & transl.), Epigrams, 3 voll., Harvard University Press, 1993. Howell, P., A Commentary on Book One of the Epigrams of Martial, London: Athlone Press, 1980. Williams, C. A., Martial: Epigrams Book Two, Oxford: Oxford University Press, 2004; Kay, N. M., Martial Book XI: A Commentary, London: Duckworth, 1985.


I, 7

我がステッラのペットの鳩は,マクシムスよ――
たとえウェーローナが聞いていようと私は言おう――
カトゥッルスの雀より勝っているよ.
鳩が雀より大きい分だけ
君のカトゥッルスより我がステッラの方が立派なのだ.
5


COM. ―― 1. ステッラ:L. Arruntius Stella. マールティアーリスのパトロンの一人で,アマチュアの詩人でもあった. 2. ウェーローナ:カトゥッルスの生地. 3. カトゥッルスの雀:カトゥッルスが雀について歌った有名な詩二篇を指す. 5. ステッラの方が立派なのだ:表面上はカトゥッルスの雀を歌った詩よりもステッラの鳩を歌った詩の方が優れるという追従の詩だが,マールティアーリスがここに猥褻な意味合いを新たに付け加えていると見る解釈もありうる.XI, 6も参照.


I, 29

噂によると,フィーデンティーヌスよ,君は私の本を
 自分のもののように公の場で読み上げているとか.
もし私のものと言ってくれるなら,無料ただで詩集を送ってあげよう.
 もし自分のものと言いたいのなら,そうなるように買ってくれ.

COM. ―― 4. そうなるように: ne mea sint. ‘ut tua dicantur haec carmina’ (Friedlaender). 私のものとならぬよう,買って権利を手にするがよい,ということか.Cf. II, 20.


I, 47

ディアウルスは少し前まで医者だったが,今では埋葬人だ.
 埋葬人のすることを,医者のうちからしていたのだ.

COM. ―― 1. 埋葬人:vispillo. フェストゥスによると,屍体を埋葬することを仕事にしている人々で,貧しくて葬儀の行列を催せない者を《夕刻に》(vespertino tempore)運び出していくことからそう呼ばれるようである(Fest. ed. Mueller, pp. 368f.).


I, 56

止まない雨に苛められ,葡萄は水浸しになっている.
 酒屋の主よ,生の酒は売りたくっても売れないぞ.

COM. ―― Cf. III, 57.


I, 63

私のエピグラムを朗読してくれと君は頼んでくるけれど,嫌なこった.
 ケレルよ,君は聴きたいんじゃなくて自分が朗読したいのだ.

COM. ―― 2. 自分が朗読したい:自作を朗読して聞かせたい,ということ.他人の朗読にうんざりする話はユウェナーリスにも見える(Iuv. 1. 1ff.).またPlin. Epist. 1. 13も参照.似た趣旨のマールティアーリスの詩はV, 73; VII, 3など.ただ,原文の採り様によっては,《自分で(=自分のものとして)朗読したい》という可能性もある(Cf. II, 20).Shackleton Baileyは両方の可能性を注記してくれている.


I, 65

私がフィークース(ficus)と言うと, 君はまるで言い間違いのように
 笑って,フィーコース(ficos)と言えという.
知ってのとおり木になるやつを《無花果フィークース》と言い,君についているやつを
 《フィーコース》と言うとしよう,ラエティリアーヌスよ.

COM. ―― ficusという名詞には第2変化(pl. acc. ficos)と第4変化(pl. acc. ficus)と二通りの変化があり,意味も《無花果》と《痔》の二通りがある. ラエティリアーヌスよ:Laetiliane. 珍しい名前.異読に《カエキリアーヌスよ》(Caeciliane)というものもある.


I, 107

親愛なるルーキウス・ユーリウスよ,君は良く私に言うね,
「何か大きなものを書きたまえ.君は怠け者だ」
ならば暇をくれたまえ,ただしマエケーナースがかつて
 フラックスやウェルギリウスに与えたようなものを.
そうしたら,幾世紀をも生き永らえる作品を書いて
5

 私の名前を葬儀の炎から救い出して見せよう.
不毛な土地では雄牛も軛をかけられるのを嫌がる.
 肥沃な土地は手間がかかるが,労働自体が喜びなのだ.

COM. ―― 何か「大きなもの」を書けという友人への返答.マエケーナースのような庇護者があれば,大きな見返りのあるそうした試みもしてみようが,今や彼のような庇護者はもうおらず,そのようなところで「大きなもの」を書くのは不毛の地を耕すごとく無駄である. 1. ルーキウス・ユーリウスShackleton Baileyは詩人の友人であるIulius Martialisとしているが(cf. I 15),他にCerialis(X 48. 5; XI 52), Rufus(X 99)という候補人物があり,Howellは自身詩人でもあるこの二者のいずれかである可能性の方が高いという. 2. 怠け者:desidiosus homo. 次行の《暇》(otia)が学問や文芸活動と結び付けられるのに対して,こちらは否定的なニュアンス.


I, 110

ウェーロクスよ,君は私が長いエピグラムを書くと不平を言う.
 だが自分では何も書かない.君はもっと短いのを作らないのか.

COM. ―― 2. 君はもっと短いのを作らないのか:tu breviora facis? 通例は《君はもっと短いのを作る》(tu breviora facis.)と平叙文.Shackleton Baileyはこのように疑問文に校訂し,ウェーロクスに批判する権利が無いことを謂う,とする(Loeb版の註).しかしそのことは二文目の《自分では何も書かない》までで充分含意されていると考えられる.むしろ平叙文のままで,《もっと短い》(breviora)をいわば述語的に考えて,《君の作る方がもっと短い(=何も書かないのだからある意味一番短いものを書いている)》とすることもできる.辛辣さはこちらの方が高いように思われる.


II, praefatio

ワレリウス・マールティアーリスが友デキアーヌスに挨拶を申し上げる

「こんな手紙をどうしたらよいのか」と君は言う.「だってこのエピグラム集を読んだのでは君に対する責任を果たしていないのだろうか. 詩の中で言えないような何事を,なおもここで語ろうというのだい.悲劇や喜劇に手紙が付いているわけは知っている.それらは自分自身のために語ることが出来ないのだ. だがエピグラムには宣伝役がついているし,それ自身の――つまりは不埒な――舌で事足りている. どの頁を見ても,それらは手紙の体をなしている.だから,よければ可笑しな真似は止めて,トガを纏った踊り手を登場させるのはよすことだ. つまるところ考えてみてほしい,投網剣闘士相手に棒切れを取るのがうれしいことか.私としては,すぐさま反対の声を上げる人たちの側に与するよ」
 デキアーヌスよ,君の言葉は正しい,誓ってそう思うよ.もし君が,どんな,そしてどれほど長い手紙を読まされるところだったか知ったらどうだろうね?  だから君のお求めの通りにしよう.もしこの書物を手にした人が最初の頁までくたびれることなく辿り着けたら,それは君のおかげということになるだろう.

COM. ―― この序文はγ系統の写本では脱落している.Cf. Lindsay, W. M., The Ancient Editions of Martial, Oxford 1903: 17 Int. Arch. 宣伝役:curio. ここではpraecoと同義なのでこう訳した. トガを纏った踊り手……:もったいぶった手紙のついたエピグラムはトガを纏って踊りを踊るように不釣合い・不恰好. 投網剣闘士:retiarius. 剣闘士(gladiator)の一種で,網と三叉の槍で武装した. もし君が……どうだろうね?:つまり,デキアーヌスの助言を聞かずに序の手紙を書いていたらそれはどんなに長たらしいものになっただろうか,と.


II, 1

我が本よ,お前は三百ものエピグラムに耐えられるだろう,
 だが誰がお前に耐えて読み通せるだろうか.
他方で切り詰めた本にどんな利点があるか,聞くがいい.
 まずは,私が費やす紙が少なくて済むこと.
次に,写字生が一時間もあれば仕事を終えられて,
5

 私の戯言にばかり従事しないで済むこと.
三番目はこうだ,誰かに読まれることがある場合,
 つまらない本ではありえても,うんざりするものにはならぬだろう.
五勺の酒を割り混ぜても,置かれた杯が
 ぬるくなり始める前に,会食者はお前を読めるだろう.
10

これだけ短ければ安心だと思うかね.
 悲しいかな,これでも多くの人には長すぎるのだ.

COM. ―― 1f. 耐えられる……耐えて:いずれも同じferoという動詞で,ひとつ目は《本にそれだけのエピグラムが載せられる》意味,ふたつ目は《堪えられる》意味で洒落になっている. 9. 五勺:原語はquincunxで《12分の5》.ここでは1 sextariusの12分の5で,1 sextarius = 12 cyathiなので5 cyathi. 10. ぬるくなり始める前に:特に冬場には,酒を温めたりお湯で割って飲むことがあった.


II, 8

読者よ,もしこの書物に何かしら不明瞭すぎたり
 ラテン語として怪しげなところが見つかっても
それは私の過ちではない.君のために写字生が,
 行を急いで算えるうちにそれらを駄目にしてしまったのだ.
だがもし彼ではなく私の過ちだと考えるなら,
5

 そのときには私も君を愚か者と思うとしよう.
「でもこれらは非道い出来だ」.まるで私が当たり前のことを否定するみたいに.
 たしかに非道い出来だが,君はこれ以上のものを書きはしないのだ.

COM. ―― 4. 行を急いで算えるうちに:properat versus annumerare. 行から行へと書き写していく様.また,写字生は写した行数に応じて支払いを受けた. 駄目にしてしまった:写字生の誤写とそれへの修正についてはVII, 11; 17も参照. 7. 「でもこれらは非道い出来だ」:読者の反論を先取して.


II, 9

私は手紙を書いたが,ナエウィアは何も返事をくれない.ならば応えてはくれまい.
 だがきっと私の書いたものを読んではくれた.ならば応えてくれるだろう.

COM. ―― 1. ならば応えてはくれまい:non dabit ergo. この文脈でdoには《(返事を)くれる》というだけでなく,《(恋人の)求めに応じる》ような意味もあると考えられるのでこう訳してみた. 2. ならば応えてくれるだろうShackleton BaileyはLoeb版の註で,手紙の内容には何か脅迫的なことが書かれていたかと問うている.一方手紙の内容の問題から離れると,オウィディウスは『恋の技法』で恋文に関して,《(相手の女性が)手紙を受け取らず読まないで送り返してきても,読んでくれるものと期待せよ》(Si non accipiet scriptum, inlectumque remittet, | lecturam spera, Ov. Ars Am., I, 469f.)とか,相手の女性が返事をくれなくても無理強いをせぬこと,読んでくれたなら返事もくれよう,はじめはつれない返事でも粘ればいずれ想いは成就する云々(I, 479-486)と述べており,これを参照させるCollessoのアプローチの方がWilliamsの曰うように効果的かもしれない(Collesso, V., M. Valerii Martialis epigrammatum libri XV, Venetiis 1739 Google Books).


II, 20

パウルスは詩集を買う.パウルスは自分の詩集を朗読する.
 だって自分が買ったものなら正当に自分のものだと呼べるだろうから.

COM. ―― 1. 自分の詩集:sua carmina. suaを述語的に考えると《自分の詩集として》となって一層はっきりとする. 2. 正当に……呼べるだろう:possis iure vocare tuum. マールティアーリスの写本伝承は3つのグループ(α,β,γ)に分かれるが,このうちβではこのエピグラムの2行目は欠落しており,γ系統はpossis dicere iure tuumと伝えている.Lindsayはこの異読が著者自身にまで遡る可能性に触れつつも,iure vocareの語末の類似からvocareが脱落し,不完全になった詩行がdicereによって埋め合わされたのではないかとも述べている(Lindsay, W. M., The Ancient Editions of Martial, Oxford 1903: 15 Internet Archive).


II, 21

ポストゥムスよ,君はある人たちには口づけをし,別の人たちには右手を差し出す.
 「どちらがいい? 選びなよ」と君は言う.私は手の方がいいね.

COM. ―― 1. 右手を差し出す:友好・挨拶の印として.Cf. Suet. Dom. 12.


II, 33

なぜ君にキスしないかって? ピライニスよ,君が禿だから.
なぜ君にキスしないかって? ピライニスよ,君が赤ら顔だから.
なぜ君にキスしないかって? ピライニスよ,君が片目だから.
こんなのにキスする奴は,ピライニスよ,アレをしゃぶるようなもの.

COM. ―― 4. アレをしゃぶるようなもの:fellat. ピライニスの身体特徴を嘲りつつ,「禿(毛がない)で,赤らんでいて,片目のものは何か(答:男根)」という謎かけをも含んでいると思われる.なお,α系統に属するT写本(Paris. lat. 8071)では猥褻なオチの4行目が脱落している(Gallica).


II, 42

ゾイルスよ,何だって肛門を洗って湯船を駄目にするんだい?
 もっと汚くなるように,ゾイルスよ,頭を浸けな.

COM. ―― 1. 肛門を洗って:subluto podice. subluoは特に下半身を洗う意味. 何だって……するんだい?:写本どおりにquid ... ?として読んだ.Shackleton Baileyはquid ... ?の疑問文を‘a foolish question’であるとしてquodに修正するが(‘Corrections and Explanations of Martial’, in CPh 73, 1978: 275),2行を一文にしてしまうのはWilliamsの言うとおりぎこちないものに思われる. 2. もっと汚く……浸けな:ゾイルスは口淫を行うのでその口は肛門よりも汚れている,と.


II, 52

ダシウスは入浴客の算え方を知っている.胸の大きな
 スパタレーには三人分を請求し,彼女はそれに応じたのだ.

COM. ―― 2. 三人分:彼女自身とその両乳房.このエピグラムに対するFriedlaenderの説明(M. Valerii Martialis Epigrammaton Libri, Leipzig 1886: 264 Internet Archive)にHousmanは例によって激しく噛み付いている(‘Corrections and Explanations of Martial’, in CP vol. II, 715)が,あまり本質的な議論には思われない.Cf. Greenwood, M. A., ‘Housman on Friedlaender (Mart. Epigr. 2.52): An Unnecessary Criticism?’ in Liverpool Classical Monthly 15, 1990: 107-108. academia.edu


II, 77

コスコーニウスよ,私のエピグラムが長すぎると考える君は,
 車軸に油を差すには便利だろうな.
その論理なら巨像コロッソスは長すぎると考えるだろうし,
 ブルートゥスの小像も小さすぎると言うことだろう.
君の知らないことを教えてやろう.マールススや学識あるペドーは
5

 往々にしてひとつの作品が二頁にもわたるのだ.
取り除けるものが何もない,そういうものは長くはない.
 だが,コスコーニウスよ,君にかかれば二行詩だって長くなる.

COM. ―― 2. 車軸に油を差すには便利:utilis unguendis axibus. 脂ぎっている(pinguis)ということ.pinguisには《愚鈍な,洗練されてない》というような意味がある.Cf. Housman, A. E., ‘Corrections and Explanations of Martial’, in JPh 30, 1907: 234 (=CP vol. II, 715). 3. 巨像:ここで言及されているのは「黄金の館」(Domus Aurea)に建てられたネローの巨像と思われる(Suet. Nero, 31,1).後にウェスパシアーヌスがこれを太陽神の像へと改装したとされる(Plin. NH XXXIV, 45). 4. ブルートゥスの小像:ブルートゥス(M. Iunius Brutus)が大事にしていたとされる少年像. 5. マルススや学識あるペドー:Domitius MarsusとAlbinovanus Pedoのことでいずれもマールティアーリスが自身のエピグラムの範とした詩人. 6. ひとつの作品:エピグラムひとつで,ということだろう. 二頁:便宜上《頁》と訳したが,Watsonの言うように,冊子本の頁ではなくパピルス巻子本での「柱」(カラム)のことであろう.


II, 78

夏のときには何処に魚を保存しとくかだって?
 君のところの温浴室に保存しときな,カエキリアーヌスよ.

COM. ―― 2. 温浴室:thermae. 浴室が冷えていることに皮肉を言っている.thermaeはギリシア語のθερμός《温かい》に由来する(Isid. Etym., XV, 2, 39).


II, 79

君が私を招待するのは,ナーシーカよ,私に来客があるのを知っているとき.
 どうかお許し願いたいものだ.私は家で食事を取るよ.

COM. ―― ナーシーカの不自然な(作為的な)招待を断るエピグラム. 1. 来客があるのを知っているとき:cum scis vocasse. ナーシーカは,マールティアーリスに来客があって自分の招きに応じられないのを承知の上で誘っていて,マールティアーリスの方もそれを見抜いて答えている.なおvocasseはα, β系統の読みで,γ系統はvocatumとなっており,その場合はマールティアーリスが誰か他の人から招きを受けていることになる.


II, 80

敵から逃げる最中に,ファンニウスは自殺した.
 こいつは狂気の沙汰じゃないか,死にたくないから死ぬなんて.

COM. ―― 1. ファンニウス:アウグストゥスへの陰謀を企てたFannius Caepioともされるが,この人物の自殺は記録になく,特定は困難. 2. 殺されたくないから死ぬ:ne moriare, mori.


II, 83

おい旦那,哀れな間男をひどく傷めつけたもんだ,
鼻も耳も削がれたその顔は
かつての姿を探しもとめている.
これで充分復讐したと思うかね.
それは間違い.奴はまだ一杯食わすこともできるのだ.
5


COM. ―― 5. 一杯食わすこともできる:potest et irrumare. irrumoは《吸茎させる》という意味の猥褻語彙だが,その性的含みが薄れて‘ludibrio habere, contumelia afficere, bonis aliqquem defraudare’(Forcellini s. v.)のような意味にもなるらしい. このエピグラムについてはHousmanの解釈に従った.‘Martialis II 83 moechum naso et auribus carentem nihilo setius uxorem permolere posse dicit atque eo ipso facto insuper maritum irrumare, hoc est uindicta ad irritum redacta ultro ei illudere’ (‘Praefanda’, in CP vol. III, 1181).


II, 87

君が言うには,セクストゥスよ,可愛い娘たちが君に恋して燃えているそうだね,
 水の中を泳ぐ奴みたいな顔した君なんかに.

COM. ―― 2. 水の中を泳ぐ奴みたいな顔した:faciem sub aqua natantis habes.《青白い顔》ということか.オウィディウス『変身物語』に出てくる,蛙になったリュキアの農夫たちについての描写(quamvis sint sub aqua, sub aqua maledicere temptant VI, 376)を参考にして蛙のような顔のことと考える向きもあるが不詳.いずれにせよ,《恋に燃えている》という表現と《水の中》という喩えの対比,セクストゥスの外見への罵倒がこのエピグラムの眼目.


II, 88

マーメルクスよ,君は何も朗読せずに詩人であると見られたがる.
 なりたいものになっているがいいさ,何も朗読しない限りは.

COM. ―― マーメルクスの詩の腕前を貶したエピグラムで,つまり彼が詩人として自作を人前で朗読しようものならもう詩人として見てもらえる可能性はなくなるだろうという皮肉.


II, 89

ガウルスよ,君がしこたま酒を飲み夜通し遊ぶのは,
 大目に見よう.その悪癖はカトーと同じ.
アポッローンも詩女神ムーサらもなしに詩を書くことも,
 称讃されて然るべきだ.キケローもそうだったから.
嘔吐するのはアントーニウス,贅沢に耽るのはアピーキウスのもの.
5

 じゃあ,言ってくれ,フェラチオするのは誰の悪癖だい?

COM. ―― 1. ガウルス:同じ名前は他のエピグラムにも見えるが,特定の人物を指しているのかは判らない. 2. カトーと同じ:ここで念頭に置かれているのは小カトーのことと思われる.大酒呑みであったらしい(Cf. Plin. Epist. III, 12). 3. アポッローンも詩女神もなしに:詩神からの霊感も受けずに. 4. キケローもそうだったから:キケローの詩の腕前はまずかったと言われる. 5. 嘔吐するのは:アントーニウスが酒量を過ごした結果公衆の前で嘔吐した話はキケロー『ピリッピカ(アントーニウス弾劾)』に見える(Cic. Phil. II, 63). アピーキウス:アピーキウス(M. Gavius Apicius)はティベリウス帝時代の有名な美食家・放蕩家.同名の著者に帰される『料理書』は4世紀頃のもの.


II, 93

「それが第二巻ならば,第一巻は何処にあるんだい」と君は言う.
 あちらの方がもっと内気なのにどうしたものだろうか.
それでももし,レーグルスよ,こちらを第一巻にしたければ,
 表題からひとつイオータ(I)を取り除けばよい.

COM. ―― 2. あちらの方がもっと内気:plus ille pudoris habet. 書物を擬人化している.意味については,Williamsが引いているCitroniM. Valerii Martialis epigrammaton liber primus, Firenze 1975: xiv-xviii)の解釈――第一巻の公表時点では,単純にM. VALERII MARTIALIS EPIGRAMMATON LIBERのように題されていて,続刊を期待させる《第一巻》(LIBER I)のようには書かれていなかったため,その点で三巻以降をも予想させる《第二巻》よりも《内気,控えめ》とされる――がよいかもしれない.


III, 2

小さな本よ,誰の贈物になりたいのだい.
はやく自分の保護者を見つけなくてはいけないよ,
煤けた台所へとあっという間に攫われて
濡れたパピルスで若鮪をくるんだり,
香や胡椒の包み紙になったりしないように.
5

ファウスティーヌスの懐へ逃げ込むのかい.賢明だね.
そうすれば,杉の樹脂を塗ってもらって
巷を巡り,贅沢にも臍に色を付けられて
その顔をふたつの栄誉で飾ることができようし,
なめらかな紫色の布がお前を覆い,
10

紅色の表題が誇らしげに輝くことだろう.
彼が保護者となれば,プロブスだって怖くはないさ.

COM. ―― 4. 若鮪:cordyla. 鮪の子どものこと(Cf. Plin. NH 9. 47).鯖の類とする解釈(Thompson, A Glossary of Greek Fishes)もあるらしい. 6.ファウスティーヌス:マールティアーリスのパトロンの一人. 7. 杉の樹脂:書物を虫食いから守るために杉の樹脂(cedrus)を塗付した. 8. 臍:umbilicus. 巻子本を巻き付けてある軸の両端. 9. 顔:frons. 巻子本の両端面.そこから彩色された「臍」が突出する. 12. プロブス:M. Valerius Probus. フラウィウス朝時代の著名な文法家・文学研究者(Cf. Suet. Gram. 24. 1ff.).


III, 8

「クイントゥスはターイスに恋している」「どのターイスだい」「片目のターイスだ」
 「なるほどターイスは片目がないが,あいつは両目がないわけだ」

COM. ―― 1. ターイス:娼婦の名. 「どのターイスだい」Shackleton Baileyはここだけを引用符に入れるが,Watsonのように全体を対話体のエピグラムとする方が軽快さがある.


III, 9

聞くところではキンナが私を腐して詩を書いているそうだが,
 誰も読まない詩を書いても書いてることにはならないさ.

COM. ―― 2. 誰も……ならない:non scribit, cuius carmina nemo legit.


III, 34

君がその名に相応しく,また相応しくないその訳を言ってあげよう.
 君は冷たくて色黒だ.君は《キオネー》であって《キオネー》でない.

COM. ―― 2. 冷たくて:frigida. 単に態度がということではなくて,性的な無反応を意味するとWatson. キオネー:Chione. 娼婦の名前.ギリシア語のχιών《雪》に由来する.《冷たい》ことではその名の通りだが,色黒ではその名に偽り有りとなる.奴隷などにその外見的特徴と正反対の名をつけることがあったらしい.《侏儒の奴隷をアトラースと呼び,エティオピア人を「白鳥」と呼ぶ……》(Iuv. 8. 32f.)なお原詩では2行目の一番最後にChioneの語が来て落ちがつく構成.


III, 57

この前ラウェンナでずる賢い酒屋の主人に一杯食わされちまった,
 こっちは割ったのを頼んだのに,生の酒を売りつけやがったのさ.

COM. ―― 1. ラウェンナで:Ravenna. ポー河河口付近の湿地帯に位置し,ワインを多く産出する反面,しばしば飲料水に事欠いた(Cf. Sid. Apol. Epist. 1. 5. 6).古代ではワインを水で割って飲むのは普通だが,節約のために水で薄めたのを客に出すこともあったらしく,ラウェンナという土地の事情が,そうした通例と反対の状況を生んでいる点に,この詩の可笑しさがある.Cf. I 56.


III, 78

パウリーヌス(Paulinus)よ,君は船が走ってるときに一度小便をしたが,
 また催してきたのかい.それじゃ君はパリヌールス(Palinurus)になるわけだ.

COM. ―― 1. 船:原語はcarina《竜骨》で,「全体に代わる部分」(pars pro toto)により船そのものを指すのは珍しくないが,ここでは《走ってる》(currente)とかける狙いもある.carinaとcurrereに語源的な結びつきを見出す例があったらしい.Cf. Isid. Etym. 19. 2. 1. 2. パリヌールス:『アエネーイス』の中で,アエネーアース一行の操舵手を務める人物の名.本来はπάλινοὖροςから《後方を見張る者》であるはずが,πάλινοὐρεῖνで《再び放尿する者》と考え直した上での地口.


IV, 72

クイントゥスよ,私の本を譲ってほしいと君は頼んでくるけれど
 あいにく持ち合わせていないのだ.でも本屋のトリュポーンなら持っているよ.
「まともな頭で戯言にお金を出し君の詩集を買ったりするだろうか.
 そんな馬鹿はしたくない」と君は言うが,私だって御免だね.

COM. ―― 1. 私の本を譲ってほしい:古代では本はもともと著者とその属するサークル内で流通する小規模なもので,著者が自分のサークル外にいたり,知り合いが写しを持っていない場合には,書店へ赴き購入するものだった.クイントゥスは親交をあてにして無料で本を手に入れようとするがマールティアーリスがそれを素気無く断るところに可笑しさがある. 2. 本屋のトリュポーン:クインティリアーヌス『弁論家の教育』冒頭にこの人物の名が見える. 3. 戯言:nugae. Cf. Catul. 1. 4. 4. 私だって御免だね:写しを作る際の費用は著者持ちであったらしい.


V, 34

父フロントー,母フラッキッラよ,この娘のことをお願いします――
 私のかわいいお気に入りの娘なのです――
小さなエローティオンが真っ黒な亡霊や
 タルタロスの犬の恐ろしい口におびえたりしないように.
あと六日長く生きられたなら,彼女は
5

 六度目の冬の寒さを越えられるところでした.
いまは年老いた保護者のもとで無邪気に戯れ
 舌足らずに私の名前を呼んでいてくれますように.
その柔らかい骨を固い土が覆いませんように,そして,大地よ,
 彼女に重たくないように.彼女もあなたに重たくはなかったのだから.
10


COM. ―― 1. 父フロントー,母フラッキッラ:マールティアーリス自身の父母と考えるのが妥当. 3. 小さなエローティオン:おそらく愛玩奴隷(delicium)であったものと思われる.こうした囲いの奴隷をわが子のように可愛がる人々がいた. 7. いまは:iam. Watsonは写本のtamを採り,その場合は《かくも年老いた保護者のもとで》となる.しかしHeinsiusのiamという修正案には,「娘の寿命」→「冥府での望ましい姿」という流れが鮮明になる利点がある.Shackleton Baileyと同様,後者にしたがって読んだ. 9-10. 大地よ……重たくはなかったのだから:墓碑銘としてしばしば見られるsit tibi terra levis《大地があなたに軽くありますように》を踏まえ,そこに《時ならぬ死》(mors immatura)を悼む意味を加えた.


V, 58

「明日こそ生きるつもりだ,明日こそ」と,ポストゥムスよ,君はいつも言う.
 教えてくれ,ポストゥムスよ,その明日はいつ来るんだい?
その明日はどれほど離れている,何処にあるんだ? 何処にそれを覓めるんだ?
 まさかパルティア人やアルメニア人のところに隠れているのか?
その明日はプリアモスやネストールくらいに年とっている.
5

 その明日は,教えてくれ,いくらで買うことができるんだ?
明日生きるだって? ポストゥムスよ,今日生きるのでも遅いのだ.
 誰であれ,ポストゥムスよ,昨日生きた人こそ賢者なのだ.


V, 73

こんなにも頼んでお願いしているのに
 どうして私が本を贈ってくれないのか,
不思議なのかね,テオドールスよ.それには立派な訳がある.
 私は君に本を贈ってほしくはないのさ.

COM. ―― Cf. I, 63.


V, 76

ミトリダーテースは幾たびも毒を飲むことで
 劇薬をものともしない身体を手に入れた.
君も,キンナよ,いつもそんな非道い夕食をとるのは
 飢えで死なないようにという魂胆なのだね.


VIII, 69

ワケッラよ,君は昔の人々にだけ驚嘆し,
死んだ詩人しか称えない.
勘弁願いたいね,ワケッラよ,
君に好かれるために死ぬだけの価値はないよ.

COM. ―― Cf. V, 10.


XI, 1

何処へ向かうのだい,暇な本よ,
余所行きの紫色の服でめかし込んで.
もしやパルテニウスの所へ行くのかね.もちろんだ.
行ってもひろげられることなく戻ってくることだろう.
彼が読むのは本じゃなく嘆願書なのさ.
5

詩なんかに費やす時間はないし,さもなきゃ自作のために費やすだろう.
もっと身分の低い者たちの手に入ったなら
お前は自分を幸せと思うかね.
お隣のクィリーヌスの柱廊を目指すがよい.
ポンペイウスの柱廊にも,アゲーノールの娘の柱廊にも,
10

最初の船の軽薄な主の柱廊にも
そこより暇な人々は居ないのだ.
あそこには二人か三人か,紙魚の付いた
私の下らない本を展げてくれる者がいる――
ただしスコルプスやインキタートゥスについて
15

賭けや噂話が済んだらの話だが.

COM. ―― 3. 本じゃなく嘆願書:原語はそれぞれliber, libellus. 9. クィリーヌスの柱廊:クィリーヌス神殿はクィリーナーリス丘のAlta Semita通りの北側にあった.《お隣の》というのはマールティアーリスがその近くに住んでいたため(cf. X, 58, 10). 10. ポンペイウスの柱廊:前55年に,ポンペイウスによって劇場とともに建てられた柱廊. アゲーノールの娘:エウローペーのこと.此処で言われている柱廊は,おそらくCampus MartiusのSaepta Iuliaの傍にあったものと思われる. 11. 最初の船の軽薄な主イアーソーンのこと.《軽薄な》とはメーデイアに対する彼の態度を指して.ここで言われている柱廊はporcus Argonautarumのことで,同じくCampus Martiusの,パンテオンとイシス神殿の間あたりにあったらしい.前26/25年に建てられ,ポセイドーンの柱廊(στοὰ τοῦ Ποσειδῶνος)とも言われた(Cass. Dio, 53. 25). 13. 紙魚:tinea. 本や衣類を食う虫. 15. スコルプスやインキタートゥス:いずれも競技戦車の馭者.Flavius Scorpusは当時非常に有名で,マールティアーリスは彼の若き死を悼むエピグラムを書いている(X, 50; 53).


XI, 6

骰子サイコロ筒が王になって支配する,
鎌持つ老神の豪華な祭の日々ならば,
フェルト帽を被ったローマよ,お前は
気楽な詩を大目に見てくれると思う.
お前は笑った,だから私も禁じられることはない.
5

青い顔した不安は此処から遠くへ去るがいい.
何であれ思いついたところのものは
ややこしい気兼ねなしに口にしよう.
少年よ,杯に半々の酒を混ぜてくれ,
ピュータゴラースがネローに献じたようなやつだ,
10

混ぜてくれ,ディンデュムスよ,ただしもっと頻繁に.
素面では何も出来はしない.酒を飲めば
私には十五もの詩人が力を貸してくれよう.
口づけをおくれ,ただしカトゥッルスみたいなのを.
もしあの詩人が言ったほどの量をくれたら,
15

カトゥッルスの雀を君にあげるとしよう.

COM. ―― 2. 鎌持つ老神:サートゥルヌスのこと.父ウーラノスの男根を切り取ったクロノスと同一視されたためこのように言われている.サートゥルナーリア祭は12月17日に行われた. 3. フェルト帽:pilleus. サートゥルナーリア祭のときにこれをかぶった.元来は奴隷が解放される際に身につけた帽子で,そこから自由の象徴となり,ネローの死には市民がこれをかぶって喜んだという(Suet. Ner. 57, 1). 9. 杯に半々の酒を:dimidios. ‘Halb Wasser, halb Wein’というFriedlaender( Internet_Archive )の解釈によった.杯の半分まで(Kay)という可能性もある. 10. ピュータゴラース:ネローと「結婚」させられた去勢された解放奴隷の名(Tac. Ann. XV, 37).同種の「結婚」が行われたことはSuet. Ner. 29参照. 13f. 酒を飲めば……力を貸してくれよう:酒の力で詩的霊感を得る. 14. カトゥッルスみたいな:《千の口づけを私にくれ,それから百を,さらにもう千回,さらに重ねてもう百回,その上さらにもう千回,そして重ねてもう百回……》(Catull. 5, 7ff.)を踏まえる. 15. あの詩人が言ったほどの量:カトゥッルスの前述の詩は,《悪い奴が口づけの数を知って嫉妬しないように》と結ばれる. 16. カトゥッルスの雀:passerem Catulli. ここで詩人は給仕の少年に向けて語っている.複数の解釈が可能で,(a)文字通り雀を贈物としてあげる可能性,(b)カトゥッルスがレスビアの雀を歌った(Catull. 2; 3)ような詩をあげる可能性,(c)《カトゥッルスの雀》が男根を意味していて,詩人と少年の性的交わりを示唆している可能性がある.このエピグラムの文脈としては,サートゥルナーリア祭の奔放さ,酒の援けによる詩作,口づけの要求という流れのなかで(c)のような意味合いを(少なくとも背景に)読み取るのは不自然ではないと思われる.尤も下敷きになっているカトゥッルスの詩そのものにまでそうした猥褻な意味があると考えるのは行き過ぎであろう.なお底本のShackleton BaileyはPasseremと大文字に作るが解釈の幅を持たせて小文字passeremの読み方に従った.


XI, 15

私の書物にはカトーの妻や恐ろしい
サビーニー族の女たちが読むためのものもある.
だが私はこの冊子の全体が笑っていて,
どんな冊子より下らないものであってほしい.
この本は酒浸りになって,コスムス調合の香油を
5

べっとり塗られていても恥じらいに赤らんだりせず,
少年たちと戯れて,少女たちを愛し,
回りくどい仕方でなしにアレを口にしてほしい――
そこから我らが生まれ出で,すべての生みの親であり,
聖なるヌマが一物メントゥラと呼んでいたものを.
10

だがしかし,これらの詩がサートゥルナーリア祭のものだと
忘れないでくれ,アポッリナーリスよ.
この冊子は私の性格を持ってはいないのだ.

COM. ―― 1f. カトーの妻や……読むためのもの:猥褻な内容を持たない第5巻や第8巻が考えられているか. 5. コスムス:香料商の名前.Cf. Iuv. VIII, 86. 11. ヌマ:ローマ第2代の王で,敬虔さで名高い.


XI, 42

活々としたエピグラムを求めるのに,カエキリアーヌスよ,君がくれるのは
 死んだような題材だ.何故そんなことが可能だろうか.
君はヒュブレーやヒュメットスの蜜が生み出されるのを求めながら
 アッティカの蜜蜂にコルシカのタイムを与えているのだ.

COM. ―― 1. 活々としたエピグラム:vivida epigrammata. 2. 死んだような題材mortua lemmata. lemmaにはいくつか意味があるが,ここでは《題材》くらい. 何故:quid. Shackleton Bailey(およびKay)はqui《如何にして,何によって》にするが,HousmanHeraeusに従いquidで読んだ. 3. ヒュブレーやヒュメットス:ヒュブレーはシキリアの山,ヒュメットスはアテーナイ付近の山の名でいずれも蜂蜜で有名. 4. コルシカのタイム:タイム(thymum)から作る蜂蜜が最良とされる(&lswuo;sic ex alia re ut e fico mel insuave, e cytiso bonum, e thymo optimum’, Varro, R. R. 3, 16, 26)が,コルシカの蜂蜜は質が悪いとされる(‘Corsicum et Sardum mel pessimi saporis est’, Porph. ad Hor. A. P. 375).アッティカは蜂蜜で名高いため,詩人を蜜蜂,詩を蜜に喩えて,上手い詩が出来ないのは詩人のせいではなく与えられる題材のせいだと言っている.


XI, 44

お前は子どもがなく,裕福で,ブルートゥスが執政官のときに生まれた身.
 お前に本当の友情があると思うかね.
お前が若く,貧しいときに持っていたのは本当のもの.
 だが新しい友は,お前が死ぬのをお望みだ.

COM. ――captatio《遺産狙い》を諷した詩. 1. ブルートゥス:L. Iunius Brutusのこと.前509年の執政官.


XI, 46

メーウィウスよ,今じゃお前は眠ってるとき以外は勃ちはせず,
 お前のちんこは両足の間に小便をし始めている.
しわくちゃの一物は,くたびれた指で扱かれて
 刺激されても事切れた頭を擡げはしない.
何だって無駄だというのに哀れな女陰や肛門に挑みかかるのだ?
5

 一番上のを狙いな.そこなら年食った一物も生き返る.

COM. ―― 1. メーウィウス:Mevi. KayはMaeviという読みをとって《マエウィウスよ》. 2. ちんこ:verpa. ここでは次行の《一物》(mentula)と同じもの.原意としては包皮の剥けたそれ(cf. Adams, LSV 12ff.). 小便をし:meiere. ここでは射精することを意味していると思われる(cf. LSV 142). 4. 頭:caput. 亀頭の意味. 6. 一番上の:summa. 口のこと.勃起不全に対する口淫の処置は他にIII 75, 5f.; IV 50も参照.


XI, 47

たくさんの女たちから贔屓にされてる浴場を
 ラッタラがことごとく避けるのは何故か.ヤらないためさ.
ポンペイウスの柱廊の日陰をゆっくりぶらつくこともせず
 イーナコスの娘の閾に向かわないは何故か.ヤらないためさ.
ラケダイモーンのケーローマにまみれた身体を
5

 ウィルゴー水道の冷水で流すのは何故か.ヤらないためさ.
こうまでして女性との接触を避けているのに
 女陰を舐めるのは何故か.ヤらないためさ.

COM. ―― 3. ポンペイウスの柱廊:前55年に,ポンペイウスによって劇場とともに建てられた柱廊.Cf. Ov. Ars Am. I 67. 4. イーナコスの娘の閾:イーシス神殿のこと.イーナコスの娘はイーオーで,ここではそれがイーシスと同一視されている. 5. 泥:ceroma. ギリシア語でκήρωμαで此処での意味は‘layer of mud or clay forming the floor of the wrestling-ring in the times of the Empire’(LSJ s. v. 2). 6. ウィルゴー水道:アグリッパによって前19年に完成された水道.マールキア水道が飲用として有名であった一方,こちらは浴用として名高かったらしい(Plin. NH XXXI 42).


XI, 48

雄弁なるキケローの地所を有するシーリウスが
 この偉大なるマローの記念碑を建立する.
己の墓や家の跡継ぎにして主としては
 マローもキケローも他の者をは望まぬだろう.

COM. ―― 1. キケローの地所:キケローの別荘は主要なものとしては7つ(トゥスクルム,アルピーヌム,フォルミアエ,クーマエ,アンティウム,ポンペイイー,アストゥラ)があり,ここで言われているのがそのどれであるかはっきりはしないが,恐らくクーマエのそれかと思われる. シーリウス:シーリウス・イタリクスのこと.彼はウェルギリウスを崇敬していた(Plin. Epist. III, 7).XI, 50(49)も参照. 2. マロー:ウェルギリウスのこと.


XI, 50(49)

はやすっかり見捨てられたマローの遺灰とその聖なる名を
 崇める者は一人の貧しい男だけだった.
シーリウスが†愛おしき†霊を助けることに決めたのだ,
 そして自身劣らぬ詩人の彼が,かの詩人を崇めている.

COM. ―― 1. マロー:ウェルギリウスのこと.シーリウス・イタリクスは彼を崇敬していた(Plin. Epist. III, 7).XI, 48も参照. 3f. シーリウスが……崇めている:伝承本文が破損している.訳はShackleton Baileyの校訂本文による. †愛おしき†:optatae. Heraeusはoptatus《待ち望まれた》が親愛を表す言葉として理解できるとするが,Kayは疑義を呈し,Ribbeckの修正案としてorbataeを採用する(Shackleton BaileyもLoeb版ではこれを採用する).その場合のorbatusの意味は《親類を奪われた》というより《見捨てられた,悲惨な》くらいか.もっともRibbeckの修正には次行の冒頭をfilius utに改めることも含まれていて(Ribbeck, O., Prolegomena critica ad P. Vergilii Maronis opera maiora, Lipsiae, 1866: 123f. Google_Books),そうするとシーリウスとウェルギリウスとをさながら血縁関係にあるかのように結びつける表現としてorbatae, filiusを考えることができる. 助けることに決めた:succurrere censuit. Housmanはこのようなcensere + inf.が《決める,望む》のような意味になるか疑義を呈しているが,ThLL s. v. II B 2 b(795. 72ff.)にvelleと同義になるケースが,この箇所とともに集められている(尤もコルメッラのものを除くと古典期以外の用例だが). 4. 詩人の彼が,かの詩人を:et vates vatem. RichmondおよびHallによる修正案.


XI, 56

ストア派のカイレーモーンよ,君があまりにも死を称えるということは,
 私が君の勇気に驚嘆し注視することを望んでいるのかね.
君にこの美徳を与えてくれるのは把手の壊れた水差し,
 火がなくて温かくない悲惨な炉,
虱の湧いた敷布,木枠も剝き出しな寝台,
5

 夜も昼も変わらないつんつるてんの着物トガなのだ.
ああ君はなんて立派なんだろう,赤くて酸っぱい葡萄酒の滓や
 藁,黒ずんだパンなしですませられるのだ.
レウコニアの羊毛で枕を膨らませるがいい,
 紫の毛布が寝台を覆い包むがいい,
10

カエクブム産の酒を割る間に,薔薇色の唇で会食者らを
 悩殺した少年が君と一緒に寝るがいい.
すると君はネスト-ルの齢の三倍生きることをどんなに望み,
 どんな日からも一瞬たりと失いたくないと願うだろうか.
苦しい境遇で生を軽んじるのは容易いこと,
15

 惨めでも生きることの出来る人こそ勇敢なのだ.

COM. ―― 1. カイレーモーン:アレクサンドリア出身でネローを教えたとされる人物. 8. 藁:粗末な食べ物を指して言うか. 黒ずんだパン:おおよそパンの分類は品質に応じて3つ,(a)panis candidus, siligineus, mundusと呼ばれるもの,(b)panis secundarius, sequensと呼ばれるもの,(c)panis cibarius, plebeius, sordidus, ater, niger, durusと呼ばれる質の悪いものがある. 9. レウコニアの羊毛:レウコニアは羊毛で名高いガッリアの一地方. 11. カエクブム産の酒:カエクブムは酒の産地として有名. 15. 生を軽んじる:contemnere vitam. 16. 惨めでも……勇敢なのだ:fortiter ille facit qui miser esse potest. Cf. ‘saepe impetum cepi abrumpendae vitae: patris me indulgentissimi senectus retinuit. cogitavi enim non quam fortiter ego mori possem, sed quam ille fortiter desiderare non posset. itaque imperavi mihi ut viverem; aliquando enim et vivere fortiter facere est.’ (Sen. Epist. 78, 2).


XI, 59

カリーヌスは全部の指に六つも
 指輪を嵌めていて,夜も風呂に入るときも
外さない.それがどんな理由かお尋ねかい?
 指輪入れを持っていないのさ.

COM. ―― 1f. 全部の指に六つも指輪を嵌めて:古い時代には男子がひとつより多くの指輪をつけるのは好ましくないとされた(Isid. Etym. XIX xxxii 4).ホラーティウスの詩には3つも指輪をつけた人物が出てくる(Hor. Sat. II vii 8f.).


XI, 60

プロギスとキオネーと,セックスするにはどっちがいいかと訊くのかい.
 キオネーの方が綺麗だが,プロギスの方には疼きがある.
その疼きはプリアモスのふにゃちんを勃たせることができ,
 老ペリアースを老い枯れたままにはしておかない.
誰しもが自分の彼女に持っててほしい疼きを持っている,
5

 それはクリトーンには治せても,ヒュゲイアには治せない.
だがキオネーときたら働きかけても感じないし,声でもって
 助けてくれもしない.まるでそこに居ないか大理石を抱いてるみたい.
神々よ,もしも貴方々にこんな大それたことを願うのが許されるなら,
 そしてかくも素晴らしくありがたいことをお与えくださるのならば,
10

キオネーが持っている身体をプロギスが持つように,そして
 プロギスの疼きをキオネーが持つようにしてください.

COM. ―― 1. プロギスとキオネーと:娼婦の名.いずれもギリシア語で,φλόξ《炎》,χιών《雪》に由来し,以下で述べられる両者の性質の違いを予期させる. 2. 疼き:ulcus. 強い性的欲求・積極性.‘nam proprie robigo est, ut Varro dicit, vitium obscenae libidinis, quod ulcus vocatur.’ (Serv. ad Georg. I. 151). 「疼き」とその治癒という医療的文脈もまたこのエピグラムの中で重要になる. 3. ふにゃちん:aluta. Cf. Adams, LSV 40f. 6. ヒュゲイア:Hygia. あるいはヒュギエイアはアスクレーピオスの娘の名. 8. 大理石を:キオネーという名前から連想される白さとつながる.


XI, 64

君がこんなにたくさんの女の子に何を書き送っているのか私は知らないが,
 ファウストゥスよ,誰も君に返事をくれないことは知っているよ.


XI, 67

君は生きているうちは何も私にくれない.死んだらくれると言う.
 君が愚か者でなければ,マローよ,私の望みがわかるだろう.

COM. ―― 2. 私の望み:マローが死ぬこと.


2017/04/10


▲戻る